箴言8-9; Ⅱコリント3

箴言

第8章

8:1知恵は呼ばわらないのか、
悟りは声をあげないのか。
8:2これは道のほとりの高い所の頂、
また、ちまたの中に立ち、
8:3町の入口にあるもろもろの門のかたわら、
正門の入口で呼ばわって言う、
8:4「人々よ、わたしはあなたがたに呼ばわり、
声をあげて人の子らを呼ぶ。
8:5思慮のない者よ、悟りを得よ、
愚かな者よ、知恵を得よ。
8:6聞け、わたしは高貴な事を語り、
わがくちびるは正しい事を語り出す。
8:7わが口は真実を述べ、
わがくちびるは悪しき事を憎む。
8:8わが口の言葉はみな正しい、
そのうちに偽りと、よこしまはない。
8:9これはみな、さとき者の明らかにするところ、
知識を得る者の正しとするところである。
8:10あなたがたは銀を受けるよりも、わたしの教を受けよ、
精金よりも、むしろ知識を得よ。
8:11知恵は宝石にまさり、
あなたがたの望むすべての物は、
これと比べるにたりない。
8:12知恵であるわたしは悟りをすみかとし、
知識と慎みとをもつ。
8:13主を恐れるとは悪を憎むことである。
わたしは高ぶりと、おごりと、悪しき道と、
偽りの言葉とを憎む。
8:14計りごとと、確かな知恵とは、わたしにある、
わたしには悟りがあり、わたしには力がある。
8:15わたしによって、王たる者は世を治め、
君たる者は正しい定めを立てる。
8:16わたしによって、主たる者は支配し、
つかさたる者は地を治める。
8:17わたしは、わたしを愛する者を愛する、
わたしをせつに求める者は、わたしに出会う。
8:18富と誉とはわたしにあり、
すぐれた宝と繁栄もまたそうである。
8:19わたしの実は金よりも精金よりも良く、
わたしの産物は精銀にまさる。
8:20わたしは正義の道、公正な道筋の中を歩み、
8:21わたしを愛する者に宝を得させ、
またその倉を満ちさせる。
8:22主が昔そのわざをなし始められるとき、
そのわざの初めとして、わたしを造られた。
8:23いにしえ、地のなかった時、
初めに、わたしは立てられた。
8:24まだ海もなく、また大いなる水の泉もなかった時、
わたしはすでに生れ、
8:25山もまだ定められず、丘もまだなかった時、
わたしはすでに生れた。
8:26すなわち神がまだ地をも野をも、
地のちりのもとをも造られなかった時である。
8:27彼が天を造り、海のおもてに、大空を張られたとき、
わたしはそこにあった。
8:28彼が上に空を堅く立たせ、
淵の泉をつよく定め、
8:29海にその限界をたて、
水にその岸を越えないようにし、
また地の基を定められたとき、
8:30わたしは、そのかたわらにあって、名匠となり、
日々に喜び、常にその前に楽しみ、
8:31その地で楽しみ、
また世の人を喜んだ。
8:32それゆえ、子供らよ、今わたしの言うことを聞け、
わたしの道を守る者はさいわいである。
8:33教訓を聞いて、知恵を得よ、
これを捨ててはならない。
8:34わたしの言うことを聞き、
日々わたしの門のかたわらでうかがい、
わたしの戸口の柱のわきで待つ人はさいわいである。
8:35それは、わたしを得る者は命を得、
主から恵みを得るからである。
8:36わたしを失う者は自分の命をそこなう、
すべてわたしを憎む者は死を愛する者である」。

第9章

9:1知恵は自分の家を建て、
その七つの柱を立て、
9:2獣をほふり、酒を混ぜ合わせて、
ふるまいを備え、
9:3はしためをつかわして、
町の高い所で呼ばわり言わせた、
9:4「思慮のない者よ、ここに来れ」と。
また、知恵のない者に言う、
9:5「来て、わたしのパンを食べ、
わたしの混ぜ合わせた酒をのみ、
9:6思慮のないわざを捨てて命を得、
悟りの道を歩め」と。
9:7あざける者を戒める者は、自ら恥を得、
悪しき者を責める者は自ら傷を受ける。
9:8あざける者を責めるな、
おそらく彼はあなたを憎むであろう。
知恵ある者を責めよ、彼はあなたを愛する。
9:9知恵ある者に教訓を授けよ、
彼はますます知恵を得る。
正しい者を教えよ、彼は学に進む。
9:10主を恐れることは知恵のもとである、
聖なる者を知ることは、悟りである。
9:11わたしによって、あなたの日は多くなり、
あなたの命の年は増す。
9:12もしあなたに知恵があるならば、
あなた自身のために知恵があるのである。
もしあなたがあざけるならば、
あなたひとりがその責めを負うことになる。
9:13愚かな女は、騒がしく、みだらで、恥を知らない。
9:14彼女はその家の戸口に座し、
町の高い所にある座にすわり、
9:15道を急ぐ行き来の人を招いて言う、
9:16「思慮のない者よ、ここに来れ」と。
また知恵のない人に向かってこれに言う、
9:17「盗んだ水は甘く、
ひそかに食べるパンはうまい」と。
9:18しかしその人は、死の影がそこにあることを知らず、
彼女の客は陰府の深みにおることを知らない。


Ⅱコリント

第3章

3:1わたしたちは、またもや、自己推薦をし始めているのだろうか。それとも、ある人々のように、あなたがたにあてた、あるいは、あなたがたからの推薦状が必要なのだろうか。3:2わたしたちの推薦状は、あなたがたなのである。それは、わたしたちの心にしるされていて、すべての人に知られ、かつ読まれている。3:3そして、あなたがたは自分自身が、わたしたちから送られたキリストの手紙であって、墨によらず生ける神の霊によって書かれ、石の板にではなく人の心の板に書かれたものであることを、はっきりとあらわしている。
3:4こうした確信を、わたしたちはキリストにより神に対していだいている。3:5もちろん、自分自身で事を定める力が自分にある、と言うのではない。わたしたちのこうした力は、神からきている。3:6神はわたしたちに力を与えて、新しい契約に仕える者とされたのである。それは、文字に仕える者ではなく、霊に仕える者である。文字は人を殺し、霊は人を生かす。3:7もし石に彫りつけた文字による死の務が栄光のうちに行われ、そのためイスラエルの子らは、モーセの顔の消え去るべき栄光のゆえに、その顔を見つめることができなかったとすれば、3:8まして霊の務は、はるかに栄光あるものではなかろうか。3:9もし罪を宣告する務が栄光あるものだとすれば、義を宣告する務は、はるかに栄光に満ちたものである。3:10そして、すでに栄光を受けたものも、この場合、はるかにまさった栄光のまえに、その栄光を失ったのである。3:11もし消え去るべきものが栄光をもって現れたのなら、まして永存すべきものは、もっと栄光のあるべきものである。
3:12こうした望みをいだいているので、わたしたちは思いきって大胆に語り、3:13そしてモーセが、消え去っていくものの最後をイスラエルの子らに見られまいとして、顔におおいをかけたようなことはしない。3:14実際、彼らの思いは鈍くなっていた。今日に至るまで、彼らが古い契約を朗読する場合、その同じおおいが取り去られないままで残っている。それは、キリストにあってはじめて取り除かれるのである。3:15今日に至るもなお、モーセの書が朗読されるたびに、おおいが彼らの心にかかっている。3:16しかし主に向く時には、そのおおいは取り除かれる。3:17主は霊である。そして、主の霊のあるところには、自由がある。3:18わたしたちはみな、顔おおいなしに、主の栄光を鏡に映すように見つつ、栄光から栄光へと、主と同じ姿に変えられていく。これは霊なる主の働きによるのである。


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